A-39, 40 なんとなく快調, 見習うべきオーストラリア人のマナー

快調な男
目次

1985年8月A日

なんとなく快調

快調な男

 このごろ毎日がなんとなく快調だ。レストランの仕事を週3日だけに減らしてから、もうやめようという気もしなくなった。スズキ氏も最近はなぜか以前ほどやかましく言わなくなった。
 年中無休をやめて毎月曜日を休みにしたことが、あの人の疲れた心身を和ませているのかもしれない。人間、仕事も大切だが、人間が「人間たりうる」には、適度の休養が絶対必要だ。

 バレーもなかなか好調だ。自分もスーパーリーグの試合に出るようになったし、チームも今までのところ3戦3勝。負け知らずである。
 以前のトップグレードの上位5チームが新しく作られたスーパーリーグに自動的に繰り上がっただけで、他の4チームとわがレッドスターはここ数年ずっと西オーストラリア州No.1の座をかけてリーグ戦を戦ってきており、レッドスターも3年前には優勝に輝いたという。
 だが、その後はもうひとつ決定力を欠いて、残念ながら一昨年、昨年は2位と3位に甘んじているとのこと。しかし他の4チームとうちとを比べて、オレ自身は何の威圧感も受けないし、むしろ優越感すらある。今年はなんとなく勝てそうな気がする。もちろん、少なくともオレは、絶対に優勝するつもりでいる。

 PTC(パーステクニカルカレッジ)も有意義な授業を楽しんでいる。PTCの英語コースはあくまで移住者、つまりこの国で生活しこの国で骨を埋めようと決心した人たちが対象だ。この国で生きるために絶対必要な英語という道具を、いかにして身につけさせるかということを教師陣が何より授業の念頭に置いている。
 生活のためにと、オレがこの国に入国当初通っていた私設の学校と比べて、生徒の年齢も異なるが何より授業中の目の色がまったく違う。そのため授業もごく自然と真剣勝負になっている。
 ここに通っていて興味深いのが、クラスの中に様々な国籍を持つ人たちが集まっていることだ。イタリア、オランダ、香港、ベトナム、ポーランド、タイ、ガテマラなど、ほとんど全世界からの人たちと机を並べて学ぶというのは、いかにもここは移民の国なんだなあ、と感ずるひと時である。これまでアメリカ、シンガポールとオーストラリアしか行ったことのない自分には、世界を身近に感じられて楽しい。

 ロッジのみんなとは最近近くのBeaufort Hotelのパブで過ごす時間が多い。自分もレストランへ行く夜以外はそこへよく顔を出すことにしている。
 このパブはなんでもパースではいわくつきのパブだそうで、真っ昼間から失業者のヨッパライたちが、シワだらけの顔をさらにシワくちゃにしながらクダをまく場所。
だが、いま一番楽しいのは、ここでみんなでビールを飲りながら、バカ話をしたり、ビリヤードに興じたりしている時である。
 いつも集まるのは、ロッジからジョー、ビクター、スチュアート、シャロン、スチーブン(以上オーストラリア人)、アリスン(イギリス人)、ジュリア(西ドイツ人)、ボズ(鹿児島出身でオレと一緒にレストランで働いている日本人ボーイ)といったところ。
 そして近くのユースホステルからカレン(英)、ジェシー(米)、ジョン(ニュージーランド)、ダニー(英)や日本のフミさん、セイジ君、ノリオ君といった面々。
 そしてバーテンダーのマイクやホテルに住み着いているオッサン連中も加わり、みんなでワイワイガヤガヤのダベリング大会。われわれ日本人には少々コミュニケーションに難があるものの、気が紛れて実ににぎやかで和やかなひと時だ。
 夜な夜なこのパブで11時の終了時までねばり、その後缶ビールを買い込んでひき続きわがロッジのキッチンでパーティを開くのがわれわれの日課であるが、別に何を真剣に話しているわけでもない。世界経済を論じるわけでも、オーストラリアのホーク現首相をののしるわけでも、アフリカの飢饉を論じるわけでもない。ただ、ビールを咽に流し込んで、笑いを得るだけ。
 数ヶ月前、会社帰りに同僚と会社のここが悪い、そこがおかしい、あの上司を殺せ、とかわめいていたあの酒とはまったく違う、自由な酒だ。こんな日が毎日続けば最高なんだろうが・・・・・。

見習うべきオーストラリア人のマナー

1985年8月B日

男女, レディファースト

 この国に来て5ヶ月。この国の人々のマナーを見て、オレ初め日本人全員が大きな感銘を受けることがいくつかある。以下は日常の取るに足らない非常に些細なことではあるものの、少なくともこのパースでは(西洋社会全般といってもよいぐらいだが)絶対重要なマナーであるため、特に銘記しておく必要があると思う。

★ドア(90度回転するやつ)を開ければ、開けた人がそのまま行き過ぎず、必ず次の人が来るまでドアをそのまま開けて待っていること(もちろん5分も10分も待ってるバカはいないが)。
 なぜかわれわれの国ではこの習慣がほとんどない。みんながあまりにも先を急ぐため、後ろの人なんかかまってられるか、というのが理由かもしれないが、これは日本にやってくる外国人には非常に奇異に、いやむしろ極めて野卑に映る点である。この点われわれは反省、自らを変えていく必要が明らかにある。

★バスや電車に乗っていて、子供が大人に必ず席を譲ること
 われわれの国ではバスや電車に乗った時、通常、親が子供に席を譲るのが一般的だから、次々と乗ってくる自分たちより年上の人にたちに、この国の子供たちが何のためらいもなくスクッと席を立つ姿にはびっくりだ。自分も初めてパースでバスに乗った時、わずか7、8才の男の子から、ニコっと微笑みかけられながら席をどうぞと言われて、まったく感心させられた。

★店でモノを買う時、売る方のみならず、買う客側も必ず”Thank you”と声をかけること。
 この町ではいつどんな店でも、客と店の者との言葉のやり取りは見ていてきわめて心地良い。日本では買う方がありがとうとはほとんど言わないようだが、ここでは言わないとその人間は人間ではない。

★日本では、特に男性の場合、初めて会った見知らぬ人に親しげにするというのは、むしろカッコ悪いと思われているようだが、極端にいえば、この国では初対面の人にもあたかも10年前からの友人に会ったがごとく応対するのが礼儀である。
 アメリカ人、イギリス人等も同様だが、一般的に英語圏の国では To be friendly (人なつっこく振る舞うこと)が非常に重要な社会の規範、あるいは最低の社交条件のようになっている。
 あまり表情を表に出さない東北や関東から来た男性、あるいは男性的過ぎる振る舞い(武士は食わねど高楊枝的な振る舞い、ぶっきらぼうな振る舞いの意)が伝統的に根強い九州や北陸の男性などは、特にこのあたり大いに戸惑うことのようだが。

★男性が、ことあるごとに女性を優先させること。
 エレベーターその他、ドアの前では必ず女性を先に入れる。重そうな荷物を抱えている女性を助ける。女性のプライドを傷つけるようなことは絶対に口にしない。等、この国に来て女性に対するマナーについて考えさせられたこと、学んだことは多い。だが、悲しいかな、明白な男尊女卑の伝統が根強いわが国では、この点はまったく無視されているようだ。
 あまり偽善的なことを言うつもりはないが、少なくとも体力、経済力という点において、絶対に男性より弱い彼女たちをやさしくかばうというのは、その弱さにツケ込むよりゼッタイいい。うがった見方をして、レディーファーストというのは西洋の表面的儀礼主義の一部に過ぎないという人もいるだろうが、日本の女性たちは例え表面的にでも、やさしくされることを間違いなく望んでいるはずだ。
 歴史、文化の違いとはいえ、この点についてはわれわれ日本の男性は一言の反論の余地もなし。われわれは変革を熟孝する必要がある。さもないと、この国際化時代の世の中、日本の女性は近い将来、全員外国人と結婚してしまうかもしれない。
 そう、あんた。奥さんや恋人に重い荷物を持たせ、自分は何も持たないあんた。家の中では何もせず(おそらく職場でも)、奥さんをアゴで使うあんた。好きだよ、の一言を今まで一度もかけてあげたことのないあんた。ちょっと、考え直した方がええんとちゃうか?弱いもんイジメはもうええ加減にやめたれや。
 そう自分にも言い聞かせる今日この頃である。

 以上は自分がこの国に入って以来、さんざんあちこちで失敗を繰り返して得た教訓であるが、これらは日本人がオーストラリアに限らず、海外に出た時、必ずといってよいほど戸惑う点であるゆえ、十二分に銘記すべき点であろう。特に長期間外地に滞在する場合は、最低上記のことを頭に入れておかないと、孤立していくのは余りにも明白だ。
 われわれ日本社会が育んできた様々な習慣というのは、世界的にみても大いに誇りうるものも多いが、それらは決して完璧ではない。外国では思い切って自分自身を変えていかなければ、現地の人たちの中に絶対にうまく溶け込めない。

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